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2005年06月22日

親父と僕

僕が小学校4年生の3月、親父が40代半ばで亡くなりました。

原因は『癌』だったのですが、当時としては珍しく

自宅で闘病生活を送ってました。

それはそれは、壮絶な最後で小学生の自分がよく

あの場所にいる事が許容できたのか~と、今更まがらに思います。

その半年前まで、親父は全く普通に生活をしてました。

僕の親父は人間工学の分野で随分と頑張った人です。

千葉大学で助教授をしてました。

昭和39年の新幹線第一号のグリーン車のシートは

親父のデザインなんです (*^_^*)

親父は本当にいつも忙しい人で、お袋曰く

「実家の水戸以外出掛けた事はない」・・・という仕事人間だったようです。

でも、とても聡明な人で、お酒やたばこ、女性関係や賭け事等

一切しない、仕事一筋に生き抜いたのが僕の親父です。

でも、人当たりは非常によく多くの人に慕われていて、

週末になると学生の方々が沢山自宅に集まり、母の手料理を

囲って団欒していたのを覚えています。 (^o^)

そんな忙しい親父でしたが、僕とは二つの楽しみがありました。

ひとつは、千葉港に海を見に行くこと。

よくボラ釣をしている人がいました。

大人になってから知ったのが、好物の「からすみ」は

ボラの卵だったんですよね。

それ以降、からすみをみると時々思い出します。(^◇^)

そしてもうひとつは、親父の研究室に行くことです。

そこには、人間工学の研究をする為に沢山のロボット達がいたんです\(~o~)/

そのアイテムは、大人の等身大のサイズで、

好奇心旺盛な「BOY」だった、僕のハートにはたまらない時間でした。

自動車のCM等で、シートベルトの安全性等を表現する際に使われる、

あの、重りだけでできた人形(ロボット)です。

以前、アシスタントに話したら「あっモジモジ君ですね」 と言われ

ガッカリ (-_-;) 男と女の違いでしょうか・・・・・、、、

そこには、新幹線や車スカイラインのシートなど置かれていたんだけど

椅子自体のデザインがとってもカッコよかった~。

今思うと、凄く洗練されていたと思う。

あの時代とは思えないセンスをおやじは持っていたんだな~。

そもそも僕の両親の出会いは大丸デパートのデザイン室だったらしい。

親父は東京、お袋は関西(京都?)で所属は違ったらしいが、

しょっちゅう顔をあわせていたんだって。

お袋は当時スーパーお嬢様で、僕のおじいちゃんの友人が大丸の

社長さんだったらしく、「女が勤めに出るとはけしからん!」という

明治頑固男が、友人の会社なので泣く泣く許可したのが出会いの元。

おじいちゃんはいつも大丸で買い物をしていたらしいんだけど、

家具は全て親父に任せていたらしい。

『寺門の目は効く』と、相当のお気に入りだったらしいですよ。 

余談だけど、でも結婚には猛烈に反対だったらしい。

『こんな安月給な男に娘は渡せん』って、、、(・・?

親父も苦労したんだな~

親父の専門分野『人間工学』というのは、人間を基準に

環境を活かして人間のからだに都合のいい形にするとか、

合理的にしていくとか、、、そのような事を目的とした

デザインの世界だったんです。

例えば、アメリカサイズのシステムキッチンを日本人に

使いやすい高さに調整するというのも仕事のひとつ。

デザインが主体ではなく、人の使いやすさ、座りやすさ等

『からだの感覚』が主体

一瞬の満足ではなく、長い目で何の目的のために使用されるか等

研究しつくされたデザインを編み出すのが仕事だったんですよね。

勉強しても姿勢が悪くならない、椅子や机のバランスを考えたり、

学生の寝相を定点撮影して、BEDの固さと寝相の関係を調べたり、

今の僕の仕事にも関わりあるな~とつくずく思うんですよね。

親父との関係は短かったけど、僕は悲しかったりする事は全くないんです。

「会いたいな~」と思ったり「一緒に酒をのみたい」等

現実離れした妄想のしたったりする感情は起こらないんです。

なぜなら、俺は親父から

バトンを渡された!

そんな気持ちがするんです !(^^)!

仕事の仕方、物事に対しての集中力、

今の僕の性格は親父そのものです。

親父が亡くなる前の僕は、「ムーミン」と家族に言われる程、

ホノボノとした~男の子でした。

親父の闘病生活から亡くなるまでの半年の間に

僕の人生がガラリとかわりと変わりました。

まるで『親父の意識』というソフトが、その期間に

インストールされたかのように変化していった。

僕の中になかった根気・持続力がある時突然芽生えた。

だから、、、今でも一緒に生きている感じがするんですよ。

僕の意識の変化の渦中には、

状況的に『しっかりしないといけない!』という気持ちが

湧き上がってきたのはよく覚えてます。

最近子供を甘やかす親御さんがいますけど、

若いからだはどんな環境にも馴染みます。心配はご無用です。

今、僕が整体師として、一人前に暮らしていけるのも

子供の頃の親父の影響が多大だな~と心の底から感じています。

僕の様な仕事をしている人はよく、精神性を第一に考えますが

僕は全く違います。

まずは、『からだありき』からだの専門家です。

具体的にからだを観ています。

皆がからだの事はわかりずらいといいますが、

それをわかり易くしよう!という発想から始まり、

鍼灸学校の学生の頃、骨格モデルを抱いて寝て、

しっかりと骨の位置を手に馴染ませていた事も、

親父の影響だと思います。

人体ロボットや多くの実験での人の姿勢をみて、

実際のからだの位置等がしっかりと頭に刻み込まれています。

10歳までの素直にものがよくみえて覚える時期に、

からだの中にしっかりとしみ込んでます。

そこまでに、、、親父から与えてもらった

環境・出来事を僕の人生でどこまで反映できるのか。

これが僕の気持ちです。親孝行です。

そして人生のテーマです。

30歳を過ぎた頃から、偶然出会った方が、

親父のゼミを受講されていたりとか、、、

若造な僕は、いつも適当な扱いをされていたのに

「寺門先生のご子息ですかm(__)m」と、丁寧な対応をして頂いたり、

親父の偉大さを今でも味わってます。

大手の自動車メーカーに勤務している友人や

10歳くらい若い後輩に(工学大学系の学院生)

「お父様の研究資料を今でも使ってますよ」と言われると、

正直メチャクチャ嬉しいし、誇りに思います。

今回BLOGにUPするにあたりWEBで親父の事検索したら、

『NHK 婦人百科』に出演していたらしい。

この番組は昨年出演させて頂いた『おしゃれ工房』の

前身番組だったらしい!驚き (?_?)

http://members.jcom.home.ne.jp/anamon/mokuroku-fashion^shugei.htm

1975年2月号に載ってました。

「人間工学から見た家具の寸法」

記憶があったらみてみたいな~

07:40 PM | 固定リンク

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» お父さんの存在 [闘う整体師の「からだで遊ぼう 活殺自在」 から]
 うちの子はちょっとアレルギー体質みたいな感じです。 今の子供は多かれ少なかれあ 続きを読む

受信 Jul 14, 2005 1:00:44 PM

コメント

先日、初めて骨盤教室に参加してタク先生に御目にかかった時思いました。この方は、勝手に想像していたよりも、ずっとずっと繊細な人なのかもしれないと。そんな印象を受けたのです。今日ココログを読んで、その謎が少し解けた気がします。タク先生の発言や御本は、それこそイケイケで、弱い奴は置いてゆくよ。そんなふうに、私は感じていました(でもタク先生の事は好きです)。私も11歳で父を亡くしました。私の最大の理解者でした。やっぱり、心の中でいつも一緒に生きています。素敵なお話、ありがとうございました。このサイト、大好きです。

投稿者: 高松とし子 (Jun 23, 2005 12:00:35 AM)

先生とお父様とお母様の関係、すごく素敵です。
すなおにうらやましいです。

私の父も、私が小六で癌で亡くなっています。
入院し闘病していましたが、母から「治るかもしれないし治らないかもしれない病気」と聞かされ、私は当然治るんだと信じました。

ある日祖母の家に連れて行かれ、「お父さんが待ってるよ」と親戚たちが言うので、退院できたんだ!と部屋に入るとお線香のにおいでした。
まだ小学生であること、私と兄が受験だったこと、父が弱った自分の姿を子供に見せたくないと言っていたことで、父が癌ということは伏せられていました。

何で言ってくれなかったの?わかっていたら、もっと会いにいって話したかった。。という思いが強くて、長い間しっかり死に向かって悲しんでいなかったとおもいます。

20年以上経ち、ここ数年でとても父がいないことを実感しています。娘を見てほしかったな。

何に対しても乗り越えるのにすごく時間がかかってしまって、改めて、何か自分のろい!!とあせること多いのですが、
でも、こどもって、思うより精神はおとなだからいつでもきちんと説明して~!と、こどもの私が今の私に言っているので、すごくきをつけたりもできます!


投稿者: あお (Jun 23, 2005 12:01:44 AM)

「いのち」ってそんなふうに継承されていくんですね。
遺伝子レベルでの継承も、文化というレベルでの継承も、そんなふうに「魂」がバトンを渡しあって伝わっていくのですね。
わたしは何を受け取ることができるのだろう?
(あるいは、受け取っているのだろう?)
何を伝えていくことができるのだろう?
(あるいは、伝えているのだろう?)
…今はただ、脈々と受け継がれてきた自分のからだと、自分の生活を、抱きしめています。^^

投稿者: 万流(まる) (Jun 23, 2005 12:10:25 AM)

平成14年更新とあったので
現在はどうなのか判りませんが・・・ご参考まで。
岡山市立中央図書館に
1971年~1993年の『NHK 婦人百科』が
保存されているようです(^^)

投稿者: ししゃも (Jun 23, 2005 2:11:56 AM)

度々ごめんなさい。
URL入れ忘れました(^^;)ゞ
http://www.city.okayama.okayama.jp/kyouiku/lib/magazine/magazine2002arc.htm

投稿者: ししゃも (Jun 23, 2005 2:13:37 AM)

世田谷で癒しの森という治療院をご夫婦で主宰されている、
志村季世恵さんのご著書に、
まさしく「いのちのバトン」という本があります。
私は志村先生の講演を一度聴いたきりですが、
同じ母親として、いのちを受け継いでくれるべく、
私のところへきてくれた子供達に、
生きていく姿勢を見せて行けたらなあと思っています。
やっぱり、親は尊敬する人の第一位ですね。
寺門先生(のご本・ブログ)と出会えて良かった。(実物ともいつかお目にかかりたい♪)

投稿者: kotobuki (Jun 23, 2005 3:55:04 PM)

数日前に彼氏のお兄さんを癌で亡くしました。タク先生の今日のプログの内容がすぅ~っと体に入ってくるようでした。★最近MRT梅田に通っています。HPでタク先生との繋がりを知り、MRTの先生もタク先生を知っておられたので腰湯のことなどを話しました。★MRTの先生とはたくさんたくさん話します。『あなたが元気になって、他人からどうしたの?と聞かれるようになればいい。』と先生が言ってくれました。私の周りには体の不調を訴える人が他にもいるんです。だから体のことをもっともっと知っていきたいし、私はこれだ!と思った方法は私の大切な人にも伝えられる人間でありたいです。

投稿者: たまみ (Jun 23, 2005 6:29:37 PM)

ご無沙汰しています。弟分としてかわいがって頂いた、まことです。タクちゃん(どうも先生というのはなじめなくて(^_^;))
この記事を読んで久々に、父親と自分の事を思い出しました。

もしよかったら、メールください。

投稿者: Makoto Tanaka (Jun 23, 2005 11:51:49 PM)

タク先生の治療院の場所、教えて下さい!!
お願いします。

投稿者: chii (Jun 24, 2005 2:52:23 PM)

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