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2006年07月18日

命の使い方

30代の自殺者が急上昇しているらしい。

僕は車で移動中にラジオをよく聴くが、

先日も脳神経専門医の方と精神科医の先生が

『自殺要求のメカニズム』の話をしていた。

その先生曰く、自殺には二種類あるらしい。

A:自己犠牲の為の自殺

例えば三人で漂流をして、二人分の水と食料がない場合、

二人を生かすために自らの命を絶つ様なケース。

B:ストレスの処理の為の自殺

ストレスを受け入れて改善することを拒否して、自ら死を選ぶ。

「私なんか死んでしまえばいい~」「もう死んでやる~~~」

という様なケース。

30代の自殺者の多くは、Bタイプなのではないだろうか?

僕もまだ40歳を過ぎたばかりで偉そうな事は決していえないが、

どうも僕らの世代とその下の世代では学生時代の環境が変わっている様だ。

僕らは1971年に始まった【知育偏重の詰め込み教育】の真っ只中に

小・中・高時代を生きた。僕が6歳からスタートなので、

丸々その教育制度の中で生きた世代だ。

そして、『詰め込み教育』の反省を元に1980年を皮切りに

『ゆとり教育.』がスタート、90年・00年とゆるみ度が極まっていったらしい。

1983年に高校を卒業した僕らは『ゆとり教育』というものを体験していない。

子供の頃・・・

土曜日の4時間授業が終わってから、月曜日の朝まで長かったこと、、、

あの、元気一杯な時代、週休2日学校休みだったら人生つまらなかったな~。

でも僕と同世代の韓国人の友人の話では、

小学校からお弁当を2個持っていき、早朝~授業~放課後と

もの凄く勉強したそうだ。

だから僕達だって「詰め込み教育」をされたとて、

『勉強のしすぎ』という事ではなかったと思う。

学校生活は、毎日がストレスとの戦いだ!

嫌いな授業があったり、メンドクサイ学校集会もある。

そんな中から、、、気がつかなかった自分の特技に出会ったりもする。

うるさい女子がいたり、学校の職員のおじさん・おばさんに

可愛がられたり、文句言われたり、、、毎日の時間が目まぐるしく

過ぎて言った。。。

けんかや、ちょっとした疑惑から『学級会議』の主人公になったりして、

嫌~~~な思いもした。   泣いた・笑った・怒った・悲しかった。

そして、毎日が楽しかった \(~o~)/

今、、、振り返ると全ての思い出がキラキラ光る☆彡

エネルギー一杯の十代の頃体験した事が、今の僕のベースにあると思う。

昔は今思えば、、、価値観も変だったなぁ。 

進学校に通っていた僕は、鍼灸専門学校の受験の為の

健康診断書を学校の指定医に書いてもらえなかった。

それはとんでもない理由でだ。。。

今の次代、BLOGにでも書こうものなら<人種差別>と言われるだろう。

それを、、、公立高校の指定医に言われたんだ~。

でも、そんな矛盾も抱えても自殺なんて考えもつかなかった。

それは、エネルギーを使い果たす毎日を過ごし、

矛盾が当たり前な時代背景の中育ったからだと思う。

こうゆう【.理不尽】な事も、僕自身を鍛えてくれたと思う。

僕らが子供時代、まだ世の中も怪しかった。

薬物中毒の犬が広場にいたり、戦後20年経った頃だから

まだまだ発展途上にあったのだろう。。。

広場に危険物もゴロゴロしていた。

そんな危ない部分が、、、街にもあったし、、、

逆に人々、、、大人の人たちには勢いがあった。

そう―――色々なものがまざっていた。

僕らは、、、時代に鍛えられてきたんだと思う。

人がみんな何かを目指して忙しそうだった。

その反面・・・

今、自殺をしてしまう30代の人たちは時代に甘やかされた

かわいそうな人たちなのではないか???

幼少期~学生時代、または就職する頃まで、

常に自分が相手(学校・就職等、物、者)を選ぶ優位な立場にいたのに、

急に切り捨てられて、行き場を失った感に見舞われたのかもしれないな~。

1980年後半から~90年初頭にかけてのバブル景気に、

10代~就職期までを過ごしてきたこの世代は、

相当環境が甘かったのだと思う。

僕はこの時期、家庭の事情で一番貧乏な生活をしていたので甘い蜜を味わっていない。

今ではその事にとても感謝している。

いつも、甘くてふわふわな環境を与えられて、自分で考えたり工夫したりする事なく

実力以上の立場を与えられたりした人も数多いと思う。

大人になり、体力がやや衰え始めた時に【現実】を見せられて、

その頃には自分で心の【葛藤】を処理できなくなり、自殺という結論に

結びつけてしまうのではないか?

20歳を過ぎると、、、

自分の努力なしでは骨盤は固まってしまうのだ。

固まった、可動性を失った骨盤では、良い考えなど浮かばない。

【ストレス】を自分自身で受け入れる事は、大変な葛藤です。

横着な精神の持ち主には面倒な事かと思われます。

その【葛藤】をいかに考えて処理していくのか、

それを考えず悩まず処理をしないで、『死』に結びつけてしまうのは

余りにも性急かと思います。

悩みとは、、、問題とは、、、

時には数年の年月をかけないと、解決しない事もあるのです。

きっと、、、若いうちの悩みとは、人様からみれば

『小さな水槽の中』でもがいているようなものでしょう。

そこから出て、環境を変えたり、ストレスを抱えて攻略法を編み出せば力になるのに、、、

と思わせることもあるのでしょう。

観念や理屈ではなく、生物として【葛藤】を抱えるのは当たり前の事で、

その事で、その半数が自殺したら、生物として存続が不可能になってしまう。

そんな事にならないためにも、、、人間という生物を守りたいと僕は思います。

だれでも、【葛藤】はあるのです。

10:16 PM | 固定リンク

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受信 Aug 4, 2006 8:46:54 PM

コメント

感銘を受けました。 なるほどと思います。私もまさに80年代、90年代に10代20代をすごしました。  先日 内観を体験し、 いかに守られて 許されて 今まで生きてきたかを確認いたしました。 たく先生のおっしゃるように、 葛藤。 を、抱えて生きる事を 当然のこととして、たく先生のような すばらしい方と同じ 時代を生きていられる事に感謝しながら、 内観を 忘れないようにつづけて、生きていきます。  

投稿者: ヘンリー3 (Jul 18, 2006 11:18:11 PM)

私はもうすぐ33歳ですが、私が学生の頃はまだゆとり教育ではなく、夏休みも冬休みもたくさんの宿題で遊んだ記憶もなかったです。
最近、夫の会社で辞める人が多いのですが、もうすぐ辞める人の話だと「妻(元社員)の人格を否定された」とのことでした。何を言われたのかと思えば、そんな大げさなことでもないと思うのですが、彼らにしてみたら自尊心が傷つけられたということなのでしょう。でも、それで人格否定とまで言うのなら、私は子供の頃から否定されっぱなしだったなぁと(^_^;)否定も、理不尽なことも相当多かったけど、みんな我慢しているんだと思ってました。今思うのは、恵まれてる人は自分がどれだけ恵まれてるかなんて、わからないんだなぁと思います。いつの間にか自然と内観していたものですが、たくさん葛藤したお陰で強くなれたと感謝しています。
(腰湯を毎日やってます!むくみが取れてきました~。)

投稿者: あき (Jul 19, 2006 10:36:45 AM)

今、林郁夫の”オウムと私”を読んでいます。読み進むのが苦しいほどの恐ろしい手記ですが、-自分が眠らず、疲れず医師として働くことで、(なぜ彼が心臓外科医を選んだかというと心臓というのは発生学的に癌ができない器官なのだそうですね。当時の癌治療というのは患者にも、時としてその家族にも嘘をついていかざるをえないことも多く医師として非常に辛かったそうです。)あと何人の患者が救えるだろう、超人的な体力とそして患者に対し死を穏やかに納得して迎えてもらえるような転生というものを説く力が欲しい、そこからヨーガ(!)にいって阿含宗いってオウムへ、というあまりにも求道的で真摯で、痛い、そしてもうすでに自然な生体感覚から見放され、離脱していますよね。ーこういう方や自ら死を選ぶ方の理由は本当にそれぞれなのでしょう。けど、生体感覚ですら高度資本主義のお客様になっちゃって楽しんでもいる私達は、先生、自らの手の裡にどうやってとりもどせばいいのでしょう。

投稿者: db (Jul 22, 2006 11:28:33 AM)

私も30代の一人ですが、別に時代に甘やかされたかわいそうな人たちではないか???とは思いません。
社会環境が世代によって大きく左右されるかもしれませんが、世界は学校や仕事だけではないし、家庭やいろんな場で周りの大人たちの行動を見ていろんな事を感じてました。
所詮自分が今いる所まででしか物事は見れませんよね?タク先生は10年先に生きていて、またその時間も違うので今の30代が感じていることだって、分かるわけないですよね。

私はタク先生が実際生きてきた環境と、今やっている整体師という仕事で皆に伝えていることのギャップがあってあまり好きになれません。

投稿者: けいこ (Jul 22, 2006 3:14:12 PM)

私は今36歳ですが、田舎育ちなので、バブルも乗れずに過ごしてきました。今は地方都市に住んで13年、昔話をすると10歳は年上の方との方が話が合います。農家だったので、小学生までは労働力で、夏休みはほとんど手伝いに消えていました。

あの頃、田舎なんて嫌い!都会に生まれたかった!といつも思っていましたが、今は良かったと思えます。親が働いている所を見れたから…。大人は大変だ、といつも思ってました。
あの親の苦労を思ったら、自分がしてる苦労は大したことな~い。田舎と都会と生きてみて(時代の変化もあるかな)タク先生
の体を使って生きてナンボ!って納得します。

投稿者: kon (Jul 22, 2006 5:30:15 PM)

私は1972年生まれの34才ですが、ゆとり教育の恩恵は受けてません。妹も32才ですが、同じような環境なので、先生のおっしゃってる意味がよくわかりません。ゆとり教育世代は、もう少し下の世代なのではないでしょうか?
どちらかといえば私の(35才前後)世代は、高校のときは女子大生ブーム、大学時代は女子高生ブーム。就職するときにはバブルがはじけて、入社時にはこれから厳しいといわれた、時代に乗り切れてない世代だったと友人たちとよく話します。ちょうど狭間の年代だったのです。ですから、自殺の理由は、何か別なものだといます。

投稿者: yumi (Jul 25, 2006 9:45:34 PM)

先生、違いますよ。
1976年生まれ。やっと30歳になりました。

ゆとり教育は私よりも10歳くらいしたの世代です。

私達は詰め込み教育の世代です。
中学生のときは部活が終われば、夕飯を詰め込んで23時くらいまで塾へ行き、帰ってきてから宿題をして寝て、起きたらすぐ朝練に行って。
休みの日も遠征試合。
高校生のときは、6.7時限の授業をして、帰りに予備校行って、帰ってきてから宿題と受験勉強。
大学に入ってキチンと勉強しても、就職難真っ盛りで、勉強してないバカな学生や、性格に難のある人でない、普通の学生が企業から「いらない」といわれ、定職に就けず。

ゆとりなんて、今までに感じたことはありません。

今の学生はまた青田買いが復活したといいますが、就職難で就職し損ねた人たちは、30代は「いまから育てるのが嫌だ」と言うことで、いまだに就職難ですよ。
一生懸命やってきても、拒否され続けるんですよ。

気持ちを明るく持って、努力を続けても、拒否続けられたら、居場所なくなりますよ。

先生は平和です。

投稿者: ikura (Jul 26, 2006 12:10:50 AM)

タク先生へ~
「ゆとりの教育」というのはどのへんから言い出したのかはわかりませんが~自分の記憶からいうと、隔週土日休みに学習が変わったのは1990年ぐらいです。(私は36歳・年女)
 看護学校二年?バブル真っ盛りだったかに思います。
 その後何年かして「週休二日」となりましたが、いとこ達をみていると、「休みが多くなった分、しわ寄せが平日にきている」感じでした。

  自分の意見を文章にするのって難しいですよね。
 表情や声の調子もわからないから、余計に
「自分の今の心境で読んでしまい想像する」ように思います。

 私はタク先生の文章を今回「なるほどな~」と思いながら読ませてもらいましたけど・・・^^;)。正確な時代背景については「?」と思いましたけど、「タク先生が伝えたいこと」は自分ではわかった気がします。

 この年になると、叱咤激励してくれる人も少なくなってしまうので、いい刺激になります。
 タク先生、ありがとうございます(^^)♪ 

投稿者: yacco (Jul 26, 2006 11:09:31 AM)

私も三十代です。
人はひとりひとりそれぞれのキャパで
それぞれの時代を一生懸命生きています。
生かされています。
だからどの時代が良いとか悪いとかではないと思います。
「人間という生物を守りたい」
先生の言いたい事はこの一言でしょう?
私も自分と向き合いながら
関わる人達とも向き合いながら
同じ気持ちで生きたいと思います。
いつの時代、どんな状況でも
かわいく、かわいいからだで
いたいと思います。
葛藤を乗り越えて次の課題が
またやってくる。
生きるのは忙しいけど
楽しまにゃソンですよね。
私は音楽を教える仕事をしているので
音楽を通してそれを伝えて
いきたいと思います。
これからの子供達に。

投稿者: とものすけ (Jul 26, 2006 9:49:44 PM)

【観念や理屈ではなく、生物として葛藤を抱えるのは当たり前の事】という言葉、きちんと覚えておいて自分の葛藤を考えて処理していきたいと思います。

私は、タク先生のおっしゃるような横着な精神の持ち主です。
小さな葛藤に振り回されて生きてきて、自殺願望はありませんが死んだら葛藤から開放されラクだろうなどと思ったこともあります。
葛藤がいやでいつも逃げたかったのですが”生物として”という先生の言葉で急に納得できました。

私は現在29歳でまだ30代ではありませんがゆとり教育の影響をあまり受けていない世代なので、その点については「?」と思いました。しかしゆとり教育は別として、生きることに執着する必要がない時代に子供時代を過ごした、というか生きることに執着するような時代を知らない親を持つ世代なのかなと思います。自分が生物であることを実感できないから生きるために問題を解決しようとしなくなってしまっている。まさに自分自身がそうだったのだと、タク先生の”生物として”という言葉で気付きました。

ここで私がタク先生に救われました。私は夫を救う努力をしていくだろうし、いつか生まれる自分の子供にも先生から伝えられたことを伝えたいと思います。私とその家族なんて小さいものですが、タク先生に守られた人間のひとりです。

投稿者: Kiyo (Jul 26, 2006 10:23:32 PM)

初めてコメントしたいと思います。
1973年生まれ、競争率にアゴまで浸かった第2次ベビーブーマーです。今回のブログを偶然読みましたが、yumiさんやikuraさんの意見とまったく同じ事を感じました。
この世代が一番良かったとか、悪かったとか、そういう事は時々言ってしまいがちですけど、でも大抵は主観的な意見が多いかなと感じます。
「ゆとり世代」が私たち世代とは時期がズレていますよという事実をおいといても、やっぱり其れだけを問題の原因として取り上げるのはちょっと極端だったかもしれません。では、今の40代、30代が親である今、子供たちはどうなっているでしょう?と言ってしまいたくなります。
ちなみに私は、今の私たちは他者に向ける愛や思いやりが、圧倒的に足りないなと感じます。自分の事しか見られない、考えられない、故の痛ましい事が多すぎるな、と。あぁそれと想像力の欠如もあるかなぁ。
寺門さんの様なお仕事をしているのであれば尚更、いい意味で世間を啓蒙できる発言の方法がおありなのでは無いでしょうか。

投稿者: kyo (Jul 29, 2006 12:00:49 AM)

先生のブログ、いつも拝見させていただいています。
今回の記事、私はものすごくいろんなことを考えながら
読ませていただきました。
私は現在33歳です。
そして、身近な人が、2人自殺で亡くなっています。
亡くなったのは、それぞれ20代後半でした。
2人への関わり方はそれぞれ違いますが、なぜ自殺をしなければならなかったのか?
ものすごく、その理由が知りたかった。今でも分かりません。
ただ、2人ともとても真面目でした。仕事に対しても、人に対しても。
真面目すぎて、体の柔軟性が無くなっていたのかもしれません。
生きることに真剣じゃないから、簡単に死を選ぶ。そうなのかもしれません。
残された方は、たぶん本人達よりもずっとつらいのです。
どんな理由があるにしろ、自ら命を絶つことは、甘えているのだと思います。

投稿者: ユキ (Aug 2, 2006 12:30:08 AM)

たく先生こんにちは。
屋久島の黒焦げマーメイドです(笑)
こんなに黒くていいのでしょうか?
っていう位真っ黒なんですが・・(爆笑)

私は毎日、海を舞台に
様々な生き物の「生き様」を
海を覗きにいらした方々へ
人間語に訳して伝える仕事をしています。

「生きているということ」
そして
「死ぬということ」

自然の中に身をおけば
ありとあらゆる場所で
「生と死」のドラマが繰り広げられている。
そして、人間もそうした「環」の中で生きているはずなのですよね・・

今の世の中で
都会に身を置くと忘れてしまいそうになる
「大事なこと」
を、私はこの島で伝えていけるんだなぁ
と、たく先生のブログを読み、改めて実感。
そして気合が入りました。

「人間という生物を守りたい」

その為に、
人間も生物なんだよ
ということを
伝えていけたらいいなぁ~

1977年生まれの私。
明日はスノーケリングのツアーです。


投稿者: ぴんくのなまこ (Aug 5, 2006 4:31:40 PM)

タク先生こんにちは!
いつもこのブログを、楽しく、またフムフムと読ませていただいています。
でも今回はちょっと・・・。
何度読んでも違和感なのです。
私も30代ど真ん中ですが、???って感じです。
そして今日、やっとわかりました。
今回の先生のおっしゃってることは、自己肯定ですよね?
先生が自分で自分のことを褒めている・・・。
そう感じました。
先生だって苦労の多い人生だったかもしれませんが、
誰だってそうなのです。
先生は公な立場から言葉を発する人なんですから、
今回のような書き方はすごく偏見に満ちていて
あまり感心できません。
残念です。

投稿者: すぶた (Aug 6, 2006 3:17:32 AM)

ゆとり教育絡みの話は余計かな~、と感じますが、
(おじさんの『今時の若いモンは!!』語りと大差ないな、
と正直思ってしまった。)
仰りたいことはわかりました。

自殺を選ぶぐらいなら、
ぶっ壊れてどうにかなっちゃった方がましかな、と私は思っています。

「ストレス極まって電車に飛び込みたくなったら、その場で有り金全部持って失踪してくれ。」
と超激務の主人には伝えてあるのですが、
冗談ではなく本心だったりします。

生き抜くために
とことん何かに依存するでも、状況から逃げちゃうんでも
自殺するよりはマシかな、と考えているので。

ちょっと極端かな?
勿論一番良いのは、
ストレスからより良い自分を錬金する事でしょうが・・・。

葛藤をうまく昇華できない種類の人ってのも
いるんですよね。
横着で弱い、といってしまえばそれまでなんですが。
そういうタイプの人は
「ただ寿命まで生き抜く」のをまっとうするだけでも
万々歳なんじゃないかな、と思います。

投稿者: つるちよ (Aug 8, 2006 3:17:35 AM)

  つるちよさんに同感です。”一生かけて実存を傾けられる存在や職業をもち、それに拠って生きるすべを知っている人は幸いだ”。。ゆるナビを録画しようと教育tvみてて辰巳芳子さんがおっしゃっていたのです。寺門先生もそういう方なのかも、バーット誰もがそういう生き方、しなやかさや強度を装備しているわけじゃないのですよね。浅はかで欺瞞にみちた恥ずかしいような生き方しかできないわたしでも誰がその愚かさを責めることができるのか、逃げてもまどうてもみっともなくてもアディクッてもいいからみんな~いきろ死ぬな~、いま生きて在ること、辛い今、が永遠に続くことなんてないのだから。

投稿者: db (Aug 8, 2006 10:18:17 AM)

本当ならただシンプルで輝かしいだけのことなのに。
現代の私たちの生活において、「いのち」を巡る状況は、ひどく混乱して難しいものになってしまっている気がします。
自分のブログでこんな記事を作ってみました。
「いのちのいただきかた」http://guutaraneko.at.webry.info/200608/article_4.html

私も30代ですが。私たちの世代は、きっと、生活から本当の「ゆとり」が消えた世代。
「いのちを食べて生きている」「自分のいのちは自分だけのものではない(食べられたいのちの重さも引き受けて生きている)」という「当たり前」が消失してしまった世代。
「殺しちゃかわいそう!」という前に、虫取りや魚釣りでとことんいのちと付き合う、というゆとりを奪われてしまった世代。
私、タク先生の文書好きです。
「いのち」の輝き、葛藤、強さ、脆さ、…そういうことをとことん実感しておられる先生ならではの説得力があります。
先生と私たちの感覚の違いは、そういった土台となる「経験」の違いだと思っています。(ぶつからないと、そこの違いに気づけないこともあります。)

次の先生の記事を、楽しみにしています。^^

投稿者: 万流(まる) (Aug 19, 2006 2:33:21 PM)

ちなみに時代に甘やかされたという感覚はまったくないです。
私より2歳上の昭和48年生まれは一番18歳人口が多くて受験戦争も厳しかったですし、その後数年は浪人生も多くてたいへんな時期だったと思っています。
高卒にしろ大卒にしろ就職難でした。
バブル期に青春を謳歌した方はせいぜい30代終わりか、もう40代になっているのではないでしょうか。
個人的にはその世代の方のほうが時代に甘やかされた困ったちゃんが多いように思います。
就職難を経験した世代のほうがバブルを忘れられない世代よりよほどしっかりしてますよ。

投稿者: そばかりんと (Aug 27, 2006 7:10:04 AM)

前のコメントがうまく投稿できなかったようで、内容が前後してしまいました。
私は昭和51年生まれの30歳で、私の少し上くらいの方からもう「ゆとり教育世代」という報道に違和感を感じていました。
どうやら昭和51年の文部省の中央教育審議会の答申ですでに"ゆとりと充実"という表現が使われて、学習内容の削減が提言されたそうで、そのあたりからひとくくりにされているようです。
その後80年代がすでにゆとり教育といわれるようです。
週休2日制になった90年代からのことかと思っていましたが。
他の方も触れられていますが地域差もあると思いますし、環境差もあると思います。
郷里では家業や農業・漁業を継ぐのだからと勉強よりも家の手伝いを重んじる超ゆとり教育でしたし、その後進学した東京でも私の周りでは女子高生ブームへのシフトが世間よりかなり遅かったですよ・笑
今の30代はパラサイトシングルだとか負け犬だとかニートだとかネガティブなイメージがあるようなので、ゆとり教育を批判する時にやり玉にあげやすいのだと思います。

投稿者: そばかりんと (Aug 27, 2006 7:20:28 AM)

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